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何かに期待するというのは重さが伴う。
それは体重とかの話ではなくて(人によっては身体に影響が出るのかもしれないが)、
思いという言葉に重なるように重力を帯びていき、やがては手に負えない化け物になっていく。
源氏物語で誰かの思いが生き霊やら怨霊になって他の誰かを苦しめていくように、
その思いの重さは文学の中での話ではなく、ある意味一種の現実の話なのであろう。
「そりゃあ大層な時間がかかりますよ、奥さん。あなたの時間感覚は如何程か」
「いいんです。時間がかかればかかるほど私の思ひは増すばかり」
この女はいつかの川辺でみたポニーテール。
キャンプ場で我が子が行方不明になり、2時間が過ぎたところである。
思いのほか冷静さを保ちつつ、どこか遠くの山を眺めている。
続々と集まってきた捜索隊が総勢50人がかりで辺りを探しているが一向に見つからず。
時はいよいよ夕刻に近づく。
ピンと結わえていた髪も力をなくしていくばかり。
「ここで待ってるからね」
と約束したのが最後だった。
山の向こうのつゆ知らず
叫べど耳に戻るは我の声
還らん声を呼ぼうとも
ある日の暮れ、カラスが西へと飛んでいく。
それを見ていた女はそのうちの1匹に息子の姿を見た。
「あれは私の子です。だって右足のつま先が巻き爪なんだもの」
それから女は決まって、キャンプ場の端にある大きな白い石の上に座り山を眺め続けている。
いつしか管理人は声をかけるのをやめた。
雪が降り、静かな冬が訪れた。
山の雪が溶けて川の水かさが増したころ、管理人は春のシーズンを迎えるべく4ヶ月ぶりにキャンプ場へ足を踏み入れた。
当然女の姿はなく
施設自体に特に変わったこともなかったが
あの白い石の上には丸みがかった黒いシミができていた。
それはどことなく艶かしくて、ほんのり熱を帯びていたそうだ。
ほどなくして女の身体が下流にある岩と岩の間に引っかかっているのが発見された。
流れ流され海まで流れつけばどんなに楽だったろうか。
思いの丈は募れども空には届かず、今日もカラスたちは山の向こうの燃えるような夕日に向かって帰ります。
これは重力に逆らえなかった女の話。
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2019-07-26 | 空間をめぐるクロストーク
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