【これまでのあらすじ】美術家の高島亮三(2003年当時31歳)は「犬小屋」のルーツを探るべく、様々な「家型」が集う多摩ニュータウンへ犬小屋のモモコ(メス?)とともに巡検(現地調査)に向かったが、これといった手応えを掴めないまま途方に暮れていた。一方、単独行動で多摩ニュータウンの西の外れを巡検していた仔犬小屋のコアカネ(メス?)は、結構収穫があったようである。
仔犬小屋のコアカネは多摩ニュータウンの西方(八王子方面)に進路をとっていました。おや、なにやら犬小屋っぽい佇まいの住宅群がチラホラ。もしかして核心に近づきつつあるのでしょうか?
核心ではなく、猫が近づいてきました。
とんだ邪魔(猫)が入りました。気を取り直して、さらに向かった先は多摩ニュータウンから少し外れた八王子市鑓水。明治の初期、八王子から横浜まで生糸を運んだ浜街道(通称「絹の道」)の面影が残っていることで有名な地域です。その「絹の道」を登り進んでいきます。
そして突如その道が途切れ、切り立った崖の上から見た光景は…
眼下に広がる一面の住宅街であった!
まず地形図で現地を確認してみましょう。ここは西武北野台団地と呼ばれる、1976(昭和51)年から入居が開始された大型戸建分譲地です。

「国土地理院 地形図 1:25,000 八王子 平成19年8月1日発行」より一部引用
下の写真は造成当時の西武北野台団地。先ほどの住宅街の俯瞰写真は、位置関係で言うと左上の小高い丘(大塚山)あたりから撮影したもの。

「滅びゆく武蔵野 第二集(有峰書店)」より一部引用
そしてここから、事態は拙者すら想像だにしなかった方向に急展開していきます。本コラムの主題と思われた「犬小屋とは何か」という犬小屋への探求意識は完全にどこかへ吹っ飛び「この眼下に広がる一面の住宅街が醸し出ている空気感を、自分の美術作品の表現に落とし込んでみたい!」という、常に新しい表現を求める美術家としての自己表現欲のスイッチが入ってしまったのです。一度(ひとたび)このように新しい表現の拠り所を見い出してしまうと、もはや犬小屋の散歩どころではありません。この日の浮気(否、本気だったんだ。)を境に、私と犬小屋との蜜月の関係性が崩れ始めたことは言うまでもありません。

私と犬小屋の関係性が崩壊し始め困惑しているイメージ画像
ところで、本コラム初回(私の中の岡村孝子 第1回「近頃なぜか、岡村孝子。」)でも触れたように、犬小屋のアイデンティティーとも言える「切妻屋根」の形成問題ですが、この問題をこのまま次回以降フェードアウトしてしまうのは、さすがに無責任というか心残りではあります。

てへぺろ☆(・ω<)
2003年当時の私の仮説として「戦後の住宅難の時代にアメリカンスタイルへの憧景から、犬小屋くらいはきらびやかに飾り立てようとした説」を想定していましたが、感覚重視の美術家の典型的な浅知恵では、どうやら本質に全くかすりもしなかったようで、結局未解決のまま現在に至っていました。今回このようなコラムを執筆するにあたって「犬小屋の切妻屋根の形成問題」を再調査してみたところ、2015年に新潟大学の澤村明教授による「日本の犬小屋はなぜ三角屋根なのか」という、私のために論じてくれたような研究論文をネット上で発見しました!(マニアックな先生!) おそらく日本で唯一と思われる犬小屋の屋根の形状に関する論文と思われ、その起源を明治期までに遡り検証されていて大変興味深い内容となっています。しかしながら、なぜ日本においてここまでの犬小屋のステレオタイプ的なイメージ(クレヨンしんちゃんに出てくる「シロ」の犬小屋のような赤い三角屋根の犬小屋)が定着したかまでは結論を導けなかったようで、非常に検証が困難なテーマであることが改めて浮き彫りになり、当時(2003年)の私の手に追えなかったのは無理もありません(自己弁護)。というわけで、この課題は次世代の表現者および研究者の方への宿題としてバトンタッチしたいと思います(責任放棄)。上記の貴重な論文はpdfデータとしてネット上に公開されています。平易な表現で記載されていて、かつコンパクトなボリュームにまとまっています。今後、この問題をより深めて研究したいと思われる方は、ぜひご一読されることをお勧めします(任務押付)。
いずれにしても、急速に犬小屋に対して気持ちが離れていった私が、犬小屋との関係性の修復に努めることはもはや不可能でした。そして季節もすっかり冷え込んだ12月のある日、犬小屋は私の元を離れていきました。詳しくは次回「犬小屋の家出(ラストサンポ・イン・チバ)」に続きます…
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