演劇と空間の密接な関係
第5回 「一体、何が、できるんだろう?」

2019.09.30萩谷至史
演劇と空間の密接な関係 第5回 「一体、何が、できるんだろう?」

今回は、「星の下のグスコーブドリ」という、宮沢賢治原作「グスコーブドリの伝記」を舞台化した時のお話をします。

2年前、主催する演劇団体mooncuproofの新作の内容を考えていた時のこと、「宮沢賢治はどう?」という話がありました。
原作のある作品を舞台化した経験がそれまでなかったのですが、よい機会だと思い、彼の作品を舞台にすることになりました。

「銀河鉄道の夜」「セロ弾きのゴーシュ」など、数々の作品の中から、僕は「グスコーブドリの伝記」という作品に決めました。
その理由は「理解できない作品」だったからです。
 
「グスコーブドリの伝記」のあらすじをざっと説明します。

主人公ブドリは幼い頃、森の中で両親と妹のネリと、4人で暮らしていました。
ある年、森では寒波による飢饉が起こります。ブドリの家族も食べるものがなくなってしまい、父は「食べ物を探してくる」と、家を出ていってしまいます。母も、その後、「父親を探してくる」と森の中へ。ふたりは帰ってきませんでした。そして、妹も、ある日突然やってきた人さらいにさらわれてしまいます。

ひとりになったブドリは、様々な仕事、勉強を勤勉にこなしながら、大人になっていきます。そして、火山局の研究者になります。


それからしばらくして、ブドリは妹と再会します。人さらいに捨てられ、親切な人に拾われたネリは、今では母となっていました。
安堵するブドリ。しかし、安寧の日々は続きませんでした。ブドリが27歳の年、寒波がやってくる、ということがわかります。
幼い頃、寒波による飢饉で辛い思いをしたブドリはなんとかしたいと考えます。
そして、ある日、「大きな火山島を人工的に噴火させれば、大気中の炭酸ガスの量が増え、気温が上昇する」という対策を発見します。
しかし、それを完遂するには、誰かが火山島に残り、犠牲になるしかありませんでした。
ブドリは、ネリをはじめとする周囲の制止を振り切り、自分を犠牲にすることで、世界を救うのでした。

当時、僕は28歳。ブドリが命と引き換えに世界を救うと決意した年齢とほぼ同じでした。
世界は救われ、ブドリは死に、生きている読後の僕が抱いた感想は
「こんなことできないな」
でした。

命を賭してまで世界を救う。それは、僕には「理解できない物語」だったのです。
だからこそ、「こんなことはできない、ならば、『自分には一体何ができるのだろう』」というものをテーマに、グスコーブドリに挑んでみようと考えました。
私たちが生きる世界でも、突如として様々なことが起こります。
そんな時に、私たちは大切な人に対して一体何ができるのか、を問いかける作品にしようとしました。

そんな経緯で「星の下のグスコーブドリ」の物語は、原作の「グスコーブドリの伝記」の物語と現代の「一体何ができるのだろう」を問いかける物語、このふたつの世界を行ったり来たりする作品となりました。

現代パートでは、若い夫婦を中心に話が進みます。妊娠している妻はかつて災害で姉を亡くしており、心に大きな傷を負っています。夫は毎日ぼんやりと仕事をしています。ぱっとしない日々を送る中、生まれてくる子供、そして妻とどうやって生きていくかということに、漠然とした不安を抱えています。
そんな、自身の無力さと未来への不安感を持っているふたりの日々が、ブドリの物語と並行して描かれます。

「一体、何ができるんだろう」
終盤、世界を救うために火山島を噴火させるスイッチを押そうとするブドリに、現実パートの夫が、ポツリと問いかけるシーンがあります。
決意したブドリにはその声は聞こえておらず、彼は躊躇することなくスイッチを押します。
そして世界は救われ、ブドリは死に、不安な夫婦はこれからも生きていきます。
このような描写で、僕がブドリを読み終えた時の感覚を再現しようとしました。

「一体、何ができるんだろう」
ラストシーン、この言葉は、互いに手を取り合った夫婦によって、再び発されます。
それは、「この世界で、お互いのためにできることを探そう」という夫婦の決心にも、「あなたは大切なもののために何ができますか?」という観客へ問いかけにも聞こえてくるのです。

現在、mooncuproofではお客さんにテーマを投げかけて、それぞれの人生の中でそれを考えてもらうという「問いかけの演劇」を作っています。
それを意識し始めたのは、この作品からだったと思います。

mooncuproof次回作の「問いかけ」は「違いによる争いが終わらない世界、私たちはどうやって日々を過ごせばいいのだろうか」ということです。
現在、世界中で様々な争いが起こっています。その原因は、究極的には「人間は一人ひとり違うから」ということになると思っています。しかし、人が違うのは当たり前のことです。 
ぜひ、一緒に考えてみませんか?


mooncuproof#11
「ワタシタチが今、積み上げているものについて」

【日時】2019年10月10日(木)~13日(日)
10/10(木) 19:00~
10/11(金) 14:00~/19:00~
10/12(土) 14:00~/18:00~
10/13(日) 12:00~/16:00~
【会場】参宮橋トランスミッション

*開場は開演の30分前
*上演時間は約120分を予定

【チケット料金】
3,500円(前売り) 4,000円(当日)

Web:https://hagiya4423.wixsite.com/mooncuproof/next
予約フォーム:http://ticket.corich.jp/apply/102395/003/

萩谷至史
1989年生まれ。茨城県東海村出身。劇作家・演出家。コーヒーとビールが大好き。 mooncuproof主宰。第16回杉並演劇祭 優秀賞受賞。