かわちゃんねる 第一話
「競艇場」

2020.04.25川田諒一
かわちゃんねる第一話「競艇場」

はじめましての方は、はじめまして。

お久しぶりですの方は、お久しぶりです。

ボンソワの方は、ボンソワ。

この度、コラム連載をさせていただくこととなりました、私川田と申します。

おそらく不定期のB.O.M.B.となるかとは思いますが、お気楽にお付き合いいただけたらと思います。

突然で恐縮ですが、皆様はギャンブルはお好きですか?

…と聞いてみたはいいものの、私自身は賭け事はあまりやりません…..

極々たまーに、フラりとやりますが。

パチンコはそもそも面白みがよくわかりません。宝くじはやけくそ精神で時たま買いますが、当たった試しは皆無。麻雀は入門早々に飽きてしまいました(というよりも恐らくまだその面白味を解せていないのでしょう…..

あるいは競馬、競輪、オートレースといった、所謂公営ギャンブルの類もほぼほぼ嗜む機会はないです….

butそんな生齧りギャンブラーの私でも、唯一心に深く刻まれたギャンブルの光景があります。それは…..

ズバリ「競艇」です!

正確には「競艇の空間」というべきでしょうか。

私の故郷は関東平野の外縁に位置するとある農村地域なのですが、その地域にはナイター競艇を日本で初めて開催したと言われる某有名競艇場がありました。(今でもまだあると思います)

逆に、それ以外の誇るべき(?)地域の観光資源は何かときかれても正直言葉に詰まるような、これといって何ら変哲もない田舎レペゼンの私です。しいて挙げるなら…

カタクリです。

花です。

それはさておき、なぜ私が競艇場にそれほどまでに取り憑かれてしまったのか…..その理由とは……

ズバリ、ただならぬ「沼」だからです!!!

いや、なんら隠喩的意味としてではなく、文字通りそこは「沼」そのものなのです!

……..

すみません。

興奮のあまり、つい声を荒らげてしまいました。

あれは数年ほど前の、たしか3連休の最終日だったような気がします。

夜、女とドライブ in 地元に出かけました。

あたりはもう真っ暗で、道路照明灯と信号機、そして時折現れるコンビニとガソリンスタンドくらいが、夜道を照らす羅針盤。

その道中、ふと遠くのほうにぼんやりと、いやそれにしても一際煌々と輝く、恐らくは巨大な屋外照明の存在を確認しました。

その巨大な光源の明るさは、近づくにつれて次第に明るみを増してゆき、その光はどこか異様かつ不自然で、それが冷酷なまでの質感を帯び始めたゾと思った頃には時すでに遅し。まるで夜の蛍光灯に群がる羽虫のように、光へと吸い込まれて行くような、そんな錯覚を覚えました。

その場所こそ、まさしく「競艇場」だったのです。

加えて、「夜の競艇場」ときたものですからそれはもう。

最近気がついたことなのですが、

頭に「夜の」をつけるだけで全部エr(ry

さて

そこへ足を踏み入れる以前は、競艇場=いわゆるサグい風情を勝手にイメージしていたのですが、その実情はややそれとは性格の異なるものでした。

なんというか、もっとずーっとあっけらかんとしていました。

その競艇場には、他の競艇場にはおそらくない(と思われる)地理的特徴がある気がします。

生憎、写真を撮影していなかったので、正直伝わりにくいかとは思いますが、その地理的特徴の一つとして、競艇場が小高い丘の上にあることが挙げられます。

沼(池)って、通常は地形的に周辺のレベルより低く窪まっている=故に水が溜まる、というような図式をイメージするかとは思いますが、その沼については極端にいえば山頂のカルデラ湖のようなものに近かったのです。

そのせいもあり、競艇場の沼が視界にあらわれてくるまでのシークエンスの変化に非常なダイナミクスが生まれています。

というのは沼の水面のレベルを基準にしたときに、競艇場までのアプローチ(坂道)は周囲を取り囲むように巡っているのですが、アイレベルが水面の下から上へとシームレスに展開してゆきます。

まるでかの伝説の未確認生命体ネッシーに生まれ変わったかのような…..

それは少しニュアンスが違いますが。

いずれにしても、

煌々と焚かれた正直うるさいほどの照明塔の光と相まって、沼の底→水面±0レベル→地上という垂直軸の視点移動によって、どこか幽遠で謎めいた緊張感を感じさせます。

同時に、その風景はそこへ訪れるお客さんの心象へも深く鮮烈に露光され、演出/エンターテインメントの一部として非常に効果的に機能している。

それは、スタジアムなどのある一定のスケールを超えた空間に共通に備わる特性なのかもしれません。

そのようなことから、

特定の場所で起こった体験と付随した周縁の記憶は、自らの身体を通した経験である以上、あるまとまりをもった一連の記憶としてパッケージされ格納されているのだろうと感じたり、とか。

そこから、

何かを思い出すごとに、まずそれに対する感情だったり印象だったりだけを優先してイメージしてしまう事があるけれど、それは実は複数のシーンのオーバーレイのされ方の違いに過ぎないのではないか、ということを考えたりとか。

全てを言葉にすることは難しいですが、その競艇場には何か心に深く染みわたるような謎な空間的魅力が備わっている気がして、そこへ「賭場のトポス」なるものの片鱗を垣間見た気がしたのです。

因みに、私は以前とある知人から、

「お前沼みたいな顔してるな」

と言われたことがあります。

何故かその時、ちょっぴり嬉しかったです。

しかしどんなギャンブルにも、そこにはいつだって人の喜怒哀楽、欲望と狂気、熱狂、愚かさ、堕落と孤独、それと少しばかりの清々しさのようなものが猥雑に入り混じり、そして漂い、絶え間なく渦巻いているように感じます。

しかし「賭場」とは、なんとも人間らしい、生臭い空間なことかと、毎回足を運ぶごとにそう思います。

そこは常に異世界であり、戦場です。

ユートピアです。

その点「ユートピア」とは、面白い言葉だなと思います。

ユートピアの語源はギリシア語で、<ウー・トポス>とされていますが、ギリシャ語で<ウー>は否定を表し、<トポス>は場所を表すそうです。

つまり、ユートピア=非場所。

すなわち、賭博の空間=ニュートン空間….

いやいや、そんなはずはない。

しかしそうともいえる。

あの日、私のなけなしの1000円札は券売機という名の時空の歪みに吸い込まれていった……..

川田諒一
1992年 群馬県前橋市生まれ。大学卒業後、フリーランスで主に内装設計・施工などの活動を開始。http://ryoichikawada.com/