演劇と空間の密接な関係
第9回「見えない未来を予測する」

2020.08.29萩谷至史
演劇と空間の密接な関係 第9回「見えない未来を予測する」
「スペキュラティブデザイン」という言葉があります。
イギリスにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートという美術大学のアンソニー・ダンという教授が提唱したものです。

本来、デザインというのは課題を解決するものです。
例えば、ものをより多く売りたいという課題を解決するのは広告デザイン、社会生活弱者が活動しやすい場所をつくりたい課題を解決するのがバリアフリーデザインです。
しかし、このスペキュラティブデザインは、一般的なデザインとは違って「未来はこうなりうるのではないか?」という課題を作り、問題提起をするデザインです。
日本では、美術家のスプツニ子氏などがこの考えを基に作品をつくっています。

この考え方を知った時、私は自分が演劇を通じてやりたいことはこれではないか、と思うようになり、以来「問いかける演劇」という形で、見にきてくれたお客さんたちに課題を投げかけています。

今回ご紹介するのも、そんな「問いかける演劇」の一つ。「科学と私たちの関係性」について問いを投げかけた作品です。

私は、大学院時代は生命科学系の研究室に所属し、研究を行なっていました。
その経験から、いつかは「科学」について考える演劇を作ろうと思っていました。
そうしてできたのが「おはよう◎ユニバース」です。

大学院時代、論文提出直前の雑然としまくっているデスク

火薬・原子力・バイオテクノロジー……これまで人類は、様々な科学技術を発展させ、私たちの生活を豊かにしていきました。しかし、一方で、そこには負の側面も伴い続けていました。
これからも、様々な科学技術が誕生することでしょう。そこに付随するプラスの面もマイナスの面も、私たちの生活に密接に関わってきます。ならば、私たちは、科学と私たちの関係性について、考える必要があるのではないでしょうか。

本作品は、そんな私たちの生活と科学技術の関係について問いかけるパフォーマンスでした。

とある村出身のロケット技術研究者であるナミは、人類が宇宙に移住するための超大型ロケットをつくる技術を開発し、世界中に知られることになります。
そのロケットの発射実験を行う発射台は、様々な条件を加味した結果、偶然にもナミの出身の村に設置されることになります。
多くの人々を乗せる移住用のロケットは、大量のエネルギーを放出し危険なため、村の住人は村を出ていかなければならなくなってしまいます。

人類の未来にとって希望となるロケットの発射台。
しかし、そこに住む人々にとっては、故郷を消滅させるものでした。
多くの人々は国の通達を受け入れ移住しますが、一部拒否をし続ける人もいます。

ある日、ナミは地元の村に戻ります。そして、移住を受け入れられず、村に住み続けている幼馴染のミナトやユタカ、絵の先生だったサヨなど様々な人と再会します。
消えゆく運命にある村、そこに住む人々、そして、人類の未来……。




彼女・彼らは、ロケットの発射実験により村が消滅した後もこの世界を生きていかなければいけません。
作中、たくさんの人々の想いや言葉が舞台上を交錯します。
それらが、本作における観客の皆さんへの問いかけです。

私たちは予測不可能な世界を生きています。
3000年前、誰がダイナマイトの登場を予測したでしょうか。
300年前、誰が原子力発電の登場を予測したでしょうか。
30年前、誰がスマートフォンの登場を予測したでしょうか。
未来に何が待ち受けていようとも、私たちはより良い未来のためにさまざまなことを考えて生きていく必要があります。

スペキュラティブデザインとしての演劇が、何か役にたつ日がくるかもしれません。


(追記)
以上の文章は2020年の4月に書いたものでした。
あれから4ヶ月が経ち、私たちの社会は瞬く間に世界中に広がった新型コロナウィルスSARS-CoV-2によってまさに「予測不可能な」ものとなりました。

それを受け、主宰する演劇団体、mooncuproofでは7月に、「私たちはコロナ禍の社会をどうやって生きて行くべきか」をテーマにパフォーマンス映像を制作しました。
ぜひご覧ください。

演劇が、より良い未来のために、何か役に立つことを願って。


mooncuproof#VideoWork『x年後の私へ』

https://cheerforart.jp/detail/3380

【脚本・演出】
萩谷至史

【出演】
中村ひより

【上映時間】
約18分

【あらすじ】
新型コロナウィルスの拡大により人々は「新しい日常」を送り始めていた。
ライブ活動を自粛しているシンガーの桜子はyoutubeで自分自身のチャンネルを始め、人々に自分の声を届けようとしていた。しかし、画面を介した放送では、これまでライブで感じていた「自分の声が人々届く感覚」を感じられない。
「これまでの日常」と「新しい日常」の間のギャップで、桜子は何を思うのだろうか。

萩谷至史
1989年生まれ。茨城県東海村出身。劇作家・演出家。コーヒーとビールが大好き。 mooncuproof主宰。第16回杉並演劇祭 優秀賞受賞。