演劇と空間の密接な関係
第2回「まだ見ぬ明日へ産まれること」

2019.03.30萩谷至史
演劇と空間の密接な関係 第2回「まだ見ぬ明日へ産まれること」

mooncuproof#5「OVUM」 2016年6月上演

『私たちの日常は死ぬ事は無くて、世界は毎日毎日卵を産み続ける。だから、歩かなければいけない、笑ったり、怒ったり、泣いたりしながら』

第二回の今回は演出家にとってなぜ舞台の演出だけでなく、空間を作る事が大事なのか感じたキッカケについて書こうと思います。

主宰団体mooncuproofの最初の作品「OVUM」は「まだ見ぬ未来に進まなければいけない私たち」というのがテーマでした。
私は大学院にいた頃、生命科学系の研究室に所属していました。たくさんの実験動物の誕生と死を見続ける中で、「私たち生命は理由も無くある場所に産まれ、時間の経過と共に未来に進まなければいけないのだ」という事を考えるようになりました。
「卵子」という意味をもつ「OVUM」のタイトルには、いつか卵から出て行かなければいけない生物のように、まだ見ぬ明日へ飛び込まねばならない私たちを描きたいという思いが込められています。

作品の中には「とある有害物質に汚染された世界の、とある街に住む人々」と、「ミミ」と名付けられた「卵の中で誕生を待っている生命」という存在が登場します。

物語の中では「人体に影響がある可能性がある」その有害物質は、世界中あらゆる所に漂っていて、安全の基準値を超えたら、そこに住む人々は引っ越さなければいけません。終盤に街の有害物質の量は基準値を超え、人々は街を出て行かなければならなくなります。暗い街、懐中電灯を頼りに、さぐりさぐり街の外に出て行く人々。「未来」を求めて、「現在」を出て行くその姿は、世界に生まれるために、卵の外に出て行こうとするミミの姿に重なります。

空間のモチーフは卵です。
舞台と客席が分断されてしまうのが嫌だったので、あえて劇場ではなく絵画などの展示を行うギャラリーを会場にしました。劇場全体を総計50mのビニールを使って、俳優も観客も等しく卵の中にいるような空間を作りました。照明は、舞台照明ではなく、蛍光灯と家庭用のライトを使用し、どことなく「包まれている」温かみを演出しました。

観客は終演後、この卵をモチーフとした空間から外に出て行く事になります。これが、ラストシーンの「現在」=「卵」を出て、「未来」=「世界」に向かう、という構造に重なり、観客にも未知の未来に向かっていくことを意識してもらう構造になっています。

この公演は、演劇における「空間」を意識するきっかけになりました。
観客は、舞台上の俳優を観ているのと同時に、一つの空間の中に存在しています。だからこそ、ストーリーや会話だけでなく、主題に合った「空間」を作り込むことが、演出家にとっては重要なのです。

萩谷至史
1989年生まれ。茨城県東海村出身。劇作家・演出家。コーヒーとビールが大好き。 mooncuproof主宰。第16回杉並演劇祭 優秀賞受賞。