美術の中の家 第3回
「犬小屋の散歩(登山編)」

2019.04.05高島 亮三
美術の中の家 第3回 「犬小屋の散歩(登山編)」

【これまでのあらすじ】美術家の高島亮三(2003年当時30歳)は「犬小屋を散歩させる」ことに美術家としての表現の拠り所を見出し、本当の犬小屋が望む生き方(岡村孝子「Kiss」より歌詞の一部を引用。)を探す旅に出た。

冒険家、植村直己氏(以降敬称略)の著作「北極点グリーンランド単独行」を買ったのは、私が中1の時でした。自分のお小遣いで初めて買ったマンガ以外の書籍です。

植村直己の、その愚直な生き様にすっかり感化された思春期の私は、やみくもに武蔵野台地を歩き、走り、すっかり体を鍛えたつもりになったの挙句、大学入学と同時に山岳部に入部してしまいます。そして、その直後のGW。いきなり涸沢(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%B8%E6%B2%A2%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB)という雪山に連れて行かれ、雪面をアイゼンやワカンを履いて引っかけないように歩く「歩行訓練」だの、突風に煽られても滑落しないようにする「耐風姿勢訓練」だの、それでも滑落してしまった場合には雪面にピッケルを突き刺して我が身を止める「滑落停止訓練」だのを、ひたすら繰り返す日々。食事といえば野郎ども(自分含む)が作った、流動食のような薄茶色のドロドロ飯。八甲田山か、ここは!(涸沢です。) 俺は一体、この銀世界で何をしているのだろう…と、プラネタリウムみたいな満天の星空を見上げながら一人、涙した(ような気がする)ものです。

参考図版/ピッケル(上)・ワカン(左下)・アイゼン(右下)」

…話が完全にずれたので、軌道修正。
「北極点グリーンランド単独行」という書籍名の通り、植村直己の冒険は単独行、つまり個人行動が基本なのですが、重要なポイントとして、これら北極圏の単独行では犬ぞりを用いているので、厳密に言えばヒトひとりとイヌ十数匹での行動と言えます。なので、書籍の内容的にも植村直己と犬達の交流が重要な柱になっています。私もこのような熱い交流を犬小屋と分かち合いたい!との思いで、さっそく犬小屋(名前/アカネ(メス?))を連れ立ち、陣馬山(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%A3%E9%A6%AC%E5%B1%B1)に向かいました。 その時、2003年6月。

まずは登山口で記念撮影。

登り始めたものの、犬小屋(アカネ)はあまり乗り気ではない様子。

植村直己は犬達に引っ張ってもらったのに、ここでは私が途中から犬小屋(アカネ)を引っ張っての登山に。(「始めから引っ張っているのでは?」というご意見もあるでしょうが、そこらへんは生暖かい目で見守っていただければ。)

どうにかこうにか陣馬山山頂に到着するも、辺りは一面の霧に包まれ展望にも恵まれず、全く冴えない記念撮影。

しかも下山中に犬小屋(アカネ)の足(車輪)が捥(も)げて、激しく転倒。頭部損傷の重体に。

日を改め、療養中の犬小屋(アカネ)に変わり、別の犬小屋(名前/ミドリ(メス?))を高尾山に連れだつも、やはりこちらも乗り気でない。それどころか、私の背中には乗る気満々で、最初からおんぶしての登山となりました。

結局、最後の最後まで全く自力で歩こうとしない犬小屋(ミドリ)。

…今回は本当に、疲れた。どうやら我が家の犬小屋達は足元に難があり、全般的に登山は苦手のようだ。同行する私も、これでは精神的にも肉体的にも正直キツイ。これ以上、犬小屋達に辛い思いをさせてはならない。もっと自由に歩き続けたい(岡村孝子「もっと自由に」より歌詞の一部を引用。)。そんな新たな決意を胸に、我々は山を後に、海へと向かうことにした! …というわけで、次回は犬小屋の散歩(海水浴編)です。お楽しみに!

高島 亮三
高島亮三(たかしまりょうぞう、1972年8月4日~)は、日本の美術家。東京都保谷市(現・西東京市)出身。趣味は、路傍の石採取・コケ鑑賞・ミニ四駆・岡村孝子など。第4級アマチュア無線技士。