「口」のお話 第1回
 〜口の資産価値〜

2018.12.07尾崎隆一

歯科医師として働いていると、目の前には毎日、「口」という空間が広がっています。
普通に働いているとこんなにも「口」を見ることはないでしょう。でも僕は歯医者なので、「口」の中を見るのが仕事です。だからどうしたって、人の口という空間には詳しくなります。

「口」の中、すなわち僕たち歯医者が口腔と呼ぶ空間は、複雑で多様性があってとても面白い。
動物ならば、口で、食べるということだけでいいかもしれないが、ヒトはそうはいきません。ヒトは口で食べ、話し、笑い、異性をひきつけ、社会的なステータスを表現したりすることもあるでしょう。
意外と口って大事な空間だと思いませんか?

今回はそんなお口の話とお金の話をしようと思います。

よく任侠系の映画のセリフで「腎臓を売る」なんて怖い話があります。
世界のブラックマーケットでは本当に値段がついているという話を聞いたことがありますが、腎臓ではなく、歯は、一体いくらの価値があるのだろうか?


岐阜医療技術短期大学によるアンケート調査(https://ci.nii.ac.jp/naid/110004868423)では、親知らずを除いた大人の歯28本の資産価値は、平均して973万円とのこと。
一本当たり35万円ほどが歯の価値ということになります。
これを口という空間で考えると、口はおよそ10cm×7㎝くらいの面ですから、0.07㎡の空間に973万円の価値があることになります。これを分かりやすく地価の形にすると、1億3900万円/㎡ということになるでしょう。
日本で最も地価が高い銀座4丁目は、5550万円/㎡(2018年)ですから、1億3900万円/㎡は、その約2.5倍の地価となります。これを読んでいる皆さんは、実は銀座の土地のオーナーよりも高い空間を持つ、大地主・大オーナーと言っていいでしょう。

最もこの考察には大事な「時間」という縦軸が抜けています。
銀座の土地はたぶんずっと高いままですが、ヒトが80歳になった時、口の中には平均20本程度の歯が残っているとすると、七掛け程度まで地価が下がることになります。

今回の話は、資産である歯を残すために歯医者に来てくれと言いたいわけではありません。
「上医は国をいやし、中医は人をいやし、下医は病をいやす」という中国の言葉にもあるように、歯科医院で行う治療というのは、ヒトの「口」を健康に保つという河川の、一番下流で行われていることなのです。口という空間を守るためには、医師だけではなく、社会システムやヒトの意識を変えることのほうが大事なのではないかと思います。
子供の虫歯の本数は、家庭の所得やデンタルIQに関連するということが、さまざまな研究からわかっています。僕たち歯医者が一番悩んでいることは、「どうしたらみなさんが口というものに興味をもってくれるだろうか?」ということです。

どうすればみんなが口に興味を持ってくれるだろうか?
今回ご縁をいただいて、こういうことを考える機会となりましたので、皆さんに口の中の面白い話ができたら幸いです。

尾崎隆一
1992年東京都杉並区生まれ。歯科医師。2017年東北大学歯学部卒。歯医者だが砂糖を愛する生粋の甘党兼デブキャラ。