楽譜という設計図から広がる音の世界 Vol.4
「楽譜が語りかけてくること その2」

2020.07.03馬場 睦
楽譜という設計図から広がる音の世界 Vol.4 「楽譜が語りかけてくること その2」

前回のコラムでは、音楽における設計図=楽譜を元に、そこから読み取れること、
そしてそれは数字のように厳密には表すことができず、演奏するにあたり解釈の可能性があるということについて、紹介してきました。

今回もその楽譜について、少し違った観点からお話したいと思います。

まずは、既にご紹介済みの2人のピアニストの演奏を、少しお手数ですが以下の分数の間お聞きください。

♫♪♩♬♩♫ ♪♩♬♩♫ ♪♩♬♩♫ ♪♩♬♩♫

Ivo Pogorelich(イーヴォ・ポゴレリッチ)
https://youtu.be/uFhlIhdNGjg?t=144
2’24″〜3’09”

Glenn Gould(グレン・グールド)
https://youtu.be/5JwKDzPlYQs?t=91
1’31″〜2’02”

♫♪♩♬♩♫ ♪♩♬♩♫ ♪♩♬♩♫ ♪♩♬♩♫

いかがでしたでしょうか?
同じ部分を弾いているにも関わらず、違うメロディが聴こえてきませんでしか?
今回は、「声部」という事に着目して、その表現の可能性にアプローチしていきたいと思います。

「声部」とは、建物に例えると各パーツのような役割を果たします。
例えば、家を建てる時は、土台をしっかりと作ってから、柱を建て、壁を作って、、と、様々なパーツを組み合わせて造り上げていくと思うのですが、音楽も実は同じです。
この土台、柱、壁、屋根、などのパーツを、音楽においては「声部」といいます。

和声から成る音楽は、建物と同じように、土台があり、柱があり、壁があり、屋根があり、、というように、それぞれの役割を果たしながら音楽を形成します。
そして、それぞれの役割がより独立している音楽を、”ポリフォニック” な音楽といいます。
簡単に言うと、「伴奏とメロディー」に分けられているのではなく、「すべてがメロディー」になりうる音楽です。

難しい事はさておき、先程聞いて頂いた部分を、声部に分けて見ていってみましょう。

第1声部

第2声部

第3声部

第4声部

この部分は、以上の声部から成り立っていると考えられます。

さて、先程聞いて頂いた2人のピアニストの演奏を思い出してみて下さい。どのように声部を選んで演奏していましたでしょうか?

私の方で再現してみました。

ポゴレリッチは、以下のように聞こえます。


基本的には第1声部をメロディーとして聴かせ、2回目の同じメロディーからは低音の繋がりを強調しているように感じます。
いずれにしても、第1声部に基本的な重心を置いています。

一方グールドの方は、このような感じです。


完全に第1声部のメロディーラインをぼかし、第3、4声部の動きをかなり強調しているように思います。

普通に考えると、ポゴレリッチの演奏のように第1声部をメロディーと捉えることが自然ですが、グールドはそれではつまらないと思ったのでしょうか。
というのも、この部分の第一声部はほぼA(ラ)とH(シ)の反復だからです。
それよりも動きのある第3、4声部の旋律の魅力を引き出すような演奏です。
冒険的ですが、納得できる解釈です。

いかがでしたでしょうか。どの声部を際立たせるかによって、音楽の聴こえ方も全く変わってくると思います。この辺りも、建築家(=演奏家)に委ねられる部分なのです。

もし自分が演奏するとしたら…どのように演奏するのか考えてみるのも面白いかもしれません。

馬場 睦
1990年生まれ。福島県出身。ピアニスト・音楽教育家。2019年渡独し、オランダのピアニストMarien van Nieukerken氏の元で研鑽を積む。 2020年秋人生初のソロリサイタル開催予定。 Facebook: https://www.facebook.com/profile.php?id=100022248390227