美術の中の家
第5回 犬小屋の散歩(美術館・公園デビュー編)

2019.05.28高島 亮三
美術の中の家 第5回 犬小屋の散歩(美術館・公園デビュー編)

【これまでのあらすじ】美術家の高島亮三(2003年当時31歳)は「犬小屋を散歩させる」ことに美術家としての表現の拠り所を見出し、本当の犬小屋が望む生き方(岡村孝子「Kiss」より歌詞の一部を改変引用。)を探す旅に出た。これまでの旅先は、渋谷・陣馬山・高尾山・三戸浜など。

あれが府中市美術館ね、それから府中の森公園。
(岡村孝子「あの日の風景」より、歌詞の一部を改変引用。)


と、今回の散歩に同行した犬小屋(スミカ(メス?))が呟いたかはともかく、2003年の盛夏、私たちは府中の森公園内にある府中市美術館を訪れました。

府中市は、古代より武蔵国の国府が置かれ、中世には甲州街道の宿場町として栄え、近年もユーミンの「中央フリーウェイ」(https://www.youtube.com/watch?v=lK4Dz8p0U-0)でも唄われている東京競馬場やサントリー東京・武蔵野ブルワリー、他にも東芝府中事業所といったお金を呼び込む施設を多く抱え、それら歴史や財源の潤沢な自治体のプライドを誇示するが如く、東京都下では数少ない公立美術館を抱える自治体であります。

その府中市美術館で、東京都下…否、多摩地区の図工の先生達の研究会(通称/多摩図研)による、犬小屋の散歩(のような、いわゆる「見立て」による美術表現)を考える研修会合が行われる運びとなり、そのゲストとして我々がお呼ばれしたわけであります。ホントの話だよ。

まず府中市美術館内の市民ギャラリーに、連れ立った犬小屋達が逃げ出さないためのゲージを、多摩地区の図工の先生達と一緒に制作。

ゲージが完成するのを大人しく待っている犬小屋たち。大人しくしてるなら「ゲージを作る意味が無いじゃん」なんて、そんな事、言っちゃダメ。ゼッタイ。

完成したゲージに、これまで散歩に連れだった犬小屋たちを放ちます。アカネ(第2回・第3回参照)・ミドリ(第3回参照)・マリン(第4回参照)に混じって、新顔のピンク屋根のモモコ(メス?)、ひとまわりデカい家朗(読み/イエロー(オス?))も一緒。それにしても、犬小屋達が飛ぶわけでもないのに、無駄に天井高のあるゲージ…

ゲージの中には、人間も自由に入ることができ、犬小屋たちと戯れることができます。

当時の私が美術的に考えていたことは、美術館という作品を鑑賞する空間の中に、わざわざ第二の鑑賞空間(ゲージ)を作り、その空間の中の物や人を観ること、逆に第二の空間(ゲージ)の中からその美術館にある物や人を観ることを通して、「内と外」の概念や「観る」という行為を多角的・重層的に考察・表現してみようという狙いがあった(ような気がする)のですが、16年の時を経て当時を振り返ってみ見ると、理論と実践が見事に空回りしている様子が、あまりに痛々しい。ドンマイ、16年前の私。泣きたいよね、泣きたいよね。泣きたい夜を重ねて、いつか私は強くなってゆく。(岡村孝子「夢の樹」・「ミッドナイト・ブルー」より歌詞の一部を引用。)

「内と外」の概念や「観る」という行為を多角的・重層的に考察・表現中…

もはや、デパートの屋上遊園地状態。

ワン・ツー…

スリー!

アカネ(赤い屋根の犬小屋)は、いつの間にかゲージの外に出ちゃってるし…

全然、泣きたそうじゃない16年前の私。

せっかくなので、府中市美術館が位置する府中の森公園を散策することにしました。やっぱり夏の公園といえば水遊び!

おしっこする気かな?

コドモタチがあらわれた!

犬小屋(スミカ)はダメージをうけた!

夏の日の午後。日差しも傾き、夕暮れ時が迫ってきました。散歩のモチベーションも下がったので、もう家に帰ろうか。

犬小屋の散歩を始めて、はや4ヶ月。ただただ犬小屋を散歩させたいという初期衝動(ロッキング・オン・ジャパンとかによく出てくる「ロック」なキーワード。https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q109567595)に身を委ね、全国各地…というか東京近郊を旅してきました。しかしながら、初期衝動の後には内省の季節がつきもの。次回からは少し哲学的に「私(犬小屋)という存在とは何か」という観点から、本コラムを進めていきたいと思います(たぶん)。それでは次回の「犬小屋の内省(狛犬編)」をお楽しみに!

高島 亮三
高島亮三(たかしまりょうぞう、1972年8月4日~)は、日本の美術家。東京都保谷市(現・西東京市)出身。趣味は、路傍の石採取・コケ鑑賞・ミニ四駆・岡村孝子など。第4級アマチュア無線技士。